株式会社 内田工務店

スタッフブログ

既に年末

2015年 12月 04日 (金)

ぼやぼやしていたら もう12月に なってしまった

「合想の家」追加の完成見学会を 12月12日・13日また開く

それは それとして

「ふくでん倉庫」11月17日 上棟

「美翔の家」12月15日 上棟

「添い寝の家」来年1月 上棟予定

「聖鐘の家」基本計画中

他 未定の新築物件・リフォーム物件を抱え

心の余裕が無いまま 年末へと 突入してしまった

そうこう しているうちに 12月恒例の

「内田工務店IN秋芳ロイヤルクリスマスパーティー」を迎えてしまう

第一弾は12月5日 第二弾は12月22日

工務店を 自営から株式会社に変え

体制を じわじわっと 変化させ

「良い家」を「適正価格で造る」

住む人が幸せになる住宅を目指し

今年 一年 突っ走って来た

毎年毎年 ちょびっとづつでも 変化し 進化し

「幸せの家造り」の為にのみ 意識を集中させ

毎年毎年 仕事を 積み重ねて行く

わしには これしか出来ないし

わしが 生まれて来た理由は きっと「家造り」にあると思ってて

子供の時から 見続けてきた「家造り」を 今後も愛し続けて行く

思えば 単純な作業の積み重ねで

「良い家を造る」その為には どうするか

「家造りの要素」を 一つ一つ注出し・洗い出し・吟味し・実行する

「人が良いと言っているから」と言う理由では 決して認めない

「本当に そうなのか」「原理原則に立っても正しいのか」

「わしが 死ぬ間際になっても『正しかった』と 断言できるか」

「自分に 人に 嘘をついていないか」

名古屋大学大学院で

川本先生や市川先生や京屋さんやオメルさんに 叩き込まれた

「真実を見ようとする心」は ずっとずっと 持ち続けていたい

わしは 先生方の教え子の中では アウトローで組織に組せず

不勉強な人間だけど

「真実を見ようとする心」だけは引き継いだ気になっている

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先代(わしの父親)に 「建築の基礎」を 教わり

名古屋大学で 「真実を見る心」を 教わり

AKI設計で 「建築設計の心」を 教わり

HARA工務店で 「実務の住宅手法」を 教わり

各職方衆に 「各職種の基本」を 教わり

巡り合った人(お施主さん)に 「住む理由」を 教わる

わしの 住宅手法は そんな物が ごちゃ混ぜになって 出来ている

いつまでたっても 「物造り」は楽しく 飽きる事が無く

来年も又 走り続けて行きたい

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甦町屋

キングないちょが引退 クイーン小枝が身内不幸の為活動休止

メンバー的に かなり苦しい状況での H28年の活動を迎える

どんなチームでも 「永遠に続く」事は 出来ないけれど

わざわざ自分から 活動休止する必要は無いと思ってて

わし自身は 続けられるだけ メンバーから「あんたはいらん」と

言われない限り 細々でも 続けて行こうと思っている

辞めるのは簡単だけれど

やり直すのは もんの凄いパワーを必要とするので

辞めてしまったら わしの選択肢の中に「よさこい」は無くなる

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タップダンス

先日 発表会を終了した

もう良くは分からなくなっているが

もう何度目の「リバーダンス」で あろうか

始めた当初(←10年前)は

何が何でもリバーダンス

リバーダンスを マスターせずに 辞めるもんか

と思って始めたのだが

リバーダンス披露を 何度も経験し

今年から 愛妻「一美」も タップ教室に参加し

娘の一華も 微妙に教室内におり

「家族でタップダンス」の 妙に ゆるい感じの練習になっている

これは これで楽しく 今は

「金子先生が 教室を続けてくれる限り タップの練習をする」

と言う事になっている

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写真は 「美翔の家」40坪 二階建て H28年5月見学会予定

これまた 無茶苦茶「え~家」に なってしまう

プランナーズジャパンにて この世に一つしか無いキッチンも入り

こだわりと遊び心の満載の住宅になる

仕上げて行くのが 楽しみな作品

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DSCF3935こちらは 「添い寝の家」41坪 二階建て 完成見学会無し

長期優良住宅の物件で ただでさえ高性能な断熱仕様を さらにアップ

寒がりなご主人と 暑がりな奥さんとの マッチングも 面白く

「堀こたつ」「対面食事カウンター」「ちょー便利収納」

「一部 床暖房」「平入り小屋裏収納」「勾配天井」

内田工務店の 粋を集めた作品に仕上げていく

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明日は 「内田工務店IN秋芳ロイヤル」

各職方&OB施主さん へ 感謝を込めて開催する

夢の様な 二時間を過ごしに行く

 

 

 

 

 

 

 

8月 行事

2015年 08月 21日 (金)

8月の行事は 毎年の事ながら 多彩で

今年は 他にも 行事が入り

8/2 家庭教師していた 田中君の結婚式へ参加

8/7 山口提灯祭り 甦町屋社中 出演

8/8・9 「一つ屋根の家」完成見学会

8/14 工務店メモリアルゴルフ大会

8/15 親友のぶりん の 誕生会

8/20 サンキデーサービス にて 甦町屋社中 よさこい演舞

8/21~8/23 韓国大学生のホームステイ引き受け

8/29・30 家造り勉強会 開催

決定事項として これだけあり

その他に リフォーム工事・「合想の家」の工事進捗・「美翔の家」の実施設計

題意未定の新築工事模型造り、現場廻り・見積り・打合せ を 日々こなし

毎日 毎日 「わしゃあ 一体何を しちょるんじゃろうか」

バタバタ状態では ある

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8/2 若い二人の門出を祝うのも久々で 楽しい一時を過した

8/9・10 「一つ屋根の家」完成見学会

初日は 10組に満たない来場で 慌しくもなかったが

二日目は 40組近い来場があり 昼前後には あまりの人の多さに

自分自身 誰が来ているのやら 訳が分からない状態になり

話しも出来ず 帰られた方も多数 出てしまい 申し訳ない感じになってしまった

「すみませんでした」 この場を借りて 謝ります

この猛暑の中 参加頂いた皆様 ありがとうございました

次回は 「合想の家」10月31日~11月3日 開催予定です

またの参加を お待ちしてます

8/14 メモリアルゴルフ大会

内田工務店先代(=父親)から始まった 盆・年末のゴルフ大会も

もう30年目に突入した

自分自身 あまりの忙しさと ゴルフ熱の低下により

ゴルフは この盆・年末のメモリアルゴルフ大会と 9月の山口県建築士会ゴルフ大会 の計3回

多くてもプライベートで 年2回以内 で ゴルフ場に行かなくなってしまった

もちろん練習もしないので スコアも安定しない

今回は 41-47=88 で 回れたので まずまず満足

8/15 親友 のぶりん の 誕生会INエピ

毎度の事だが エピの料理は ずば抜けている

オーナーシェフ の 帖地夫妻と また 機会をみて 一緒に飲みたい

彼らの子供が 娘の一華と ほぼ同い年で 家族ぐるみで 年に1回程度

飲み会を 開いている

8/20 昨日 サンキデーサービスにて よさこい演舞

昨年に続いて 今回二回目の出演 今年は デーサービスや老健施設から お呼びはかかるが

メンバーの都合が合わず この1回のみに なってしまうかも知れない

お年寄りに「元気の 御裾分け」が 出来る様な気がして

少々忙しくても なるべく時間を割いて こういうイベントは 参加したいと思っている

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と 言う事で 8月の行事は 2/3を 消化した

一華に 「もう一度は プールに行こうね」と 約束した物の

8月は もう一週間しかなく 嘘つきに なってしまう 可能性 大 では ある

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本日 夕方から 韓国大学生のホームステイ 引き受け開始

友達の 中野さんが 主催しており もう10年は 引き受けている様な気がする

毎年 違った感じの学生が来て 日韓友好の一端に なれば それは それで良いし

そんな 大上段に構えなくても

若い子に なにがしかの事をするのは 大人の義務じゃないかと 思う

わしが 先代の友人や協力業者の大人から もみくちゃに親切にされ

わしの 性格・気質の一部分に なって行った様に

彼らにも なにがしかの影響を与えられれば それで良い

何より 中野さんが 頑張る限り わしも 協力して行く

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写真は 提灯祭りの風景と 一華との水遊び

この祭りに 関り始めて20年

御蔭で 提灯御輿(←100人で担ぐ でかい奴)の設計も 請け負い

毎年 この御輿を 見ると わしが 独立した当初の事を 思いだす

提灯祭りは 日本でも 稀な祭りで この祭りに いまだもって

参加出来る事は わし自身 うれしくて 力及ぶ限り 続けて行きたい

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新ホームページ

2015年 08月 06日 (木)

暫くブログを休止していたが
ようやく新HPの体制も整い なんだか 書き込む気になってきた
最初に HPを ナーズの慎ちゃん(=しんちょ)に作って貰ったのが7年前
しょんちょの 作ってくれた原型に愛着があり
そのまま ずっと以前の形で やって行きたかったが
内容を変更するのも しんちょの手を借りねば出来ず
しんちょは ナーズを起業して 順調に伸びており
わしは わしで 基本ベース 「自分で出来る事は 出来る様になる」必要性を
深く感じており

今回 縁あって エンドロールの金城君(=金ちゃん)に
HPをリニューアルして貰う事にした

最初なので かなり とまどう事には なると思うが
ちょこちょこ 書き加えて行こうと思っている

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現在 仕事たてこみ中で 中々時間が取れない
「一つ屋根の家」  完成~完成見学会
「合想の家」    左官工事に突入~コツコツ中
「美翔の家」    実施設計中
「泉町の家(=題意未定)」基本計画中
「岡村町の家(=題意未定)」資金計画より
他 新築物件 計画
それとは 別に リフォーム工事・計画を抱え はちきれそうな所に
8/7 ちょうちん祭り 甦町屋参加(=ホストチーム)
8/21~23 アジカレ 韓国学生引き入れ
田んぼの草刈・夏休みの娘の一華との思いで造りプール・ロビ作成
盛りだくさんの8月で 毎日が 「かけっこ」状態

なににせよ ようやく HPのリニューアル体制も整い
日々 走り続ける

今回の「一つ屋根の家」の見学会
恐ろしい暑さの中 開催するが
参加の皆さん きっと「涼しい」ので 「涼みに」来て下さい
39坪の建物が6帖用エアコンと14帖用エアコンの二台で
家全体が 涼しくなっている
・契約坪数は32坪なのに 実質の坪数は39坪
・お父さんの絵画コーナー
・書斎・フリースペース
・チョー便利な 家事動線&収納
・押入の収納方法の色々な方法
・小上り和室&引出し
・自然素材満載
・標準の桧の家(←床も構造体も じぇ~んぶ桧)
・どこに行っても「高い天井」
・暑くない・寒くない 倉構造の家
書き切れない 「内田工務店の姿」が ここにある

来て貰ったからと言って
「見学会後のしつこい訪問」「勧誘」「資料の送付」など
営業活動と言われる物は 一切やっていないので
「家造りの参考」と思って 来て貰えたら 嬉しい
見学会は 「内田工務店の姿」を ただただ「見て貰う場」だと 思っているので
見て貰えたら 嬉しいし 「こんな工務店が有る」事を知って欲しい

本日も 突っ走る
仕事は 楽しい

親方の独り言

2015年 05月 21日 (木)

 なんともかんとも こうも 日々が 素早く 過ぎて行く物か
 ジタバタしていたら もう5月も 終わりなんと している

 4月末に 母が病気の為入院し(最近 退院したが)
 5月初旬に テゴのけんちゃんの 入院
 5/22・5/23に 明石のセレクトホームにて 研修会議
 5/12大樹コンサートへの 甦町屋出演
 5/10 秋穂スポーツフェスタに 宮の旦 リレー選手として出陣
 1町近くの 田んぼの 一応の所有者で あるので 共同の「川ざらえ」
 それとは 別に 地区の 川掃除
 5/7 北九州にて ピースフルホームの研修
 5/13 ハウスクラフト・ロジック の 話しを聞きに 福岡へ

 それと 平行しながら
 「一つ屋根の家(8月見学会予定)」「合想の家(11月見学会予定)」の工事が進み
 「二島の家」「田島の家」の約半年間に渡る 全面リフォームの 最終追い込み
 「野田の家」「桑南の家」「旭通りの家」「「国衙の家A]「国衙の家B」「江泊の家」の打合せや着工
 他 大小10件程度の打合せに 題意未定の新築物件の打合せ
 母の見舞いも ほぼ毎日完工し

 毎日毎日 相変らず 走り回っている日々が続く

 大工衆が 6名体制になり 現場の進みが 昨年と比べると ほぼ倍速に なっている
 わしの工務店は 親方のわしと 棟梁三人衆と 零・田村さん・鈴木さんで 形成されていて
 基本 ちょっとでも 納まり・造作方法の疑問があれば 全て わしに 話しが来て
 あ~しちゃろう こ~しちゃろう の 話し合いが行われる
 もちろん 大工工事だけでは無くて
 基礎・左官・足場・塗装・木材・建材・サッシ・電気・水道・解体・屋根・板金 全ての職種が
 わしに 向かって来てあ~しちゃろう こ~しちゃろう の 話し合いが行われる

 人間なので 間違ったり 判断ミスを する事は 必ずあって
 わしの工務店は 大きな工務店ではないので 施工チェックリスト なんて無くて
 現場に入った 「わしの目に 間違って写るかどうか」が 現場チェックの全てに なっている

 自分でも不思議なのだが
 現場に入って なにげなく見渡すと 脳裏に 「違和感」が 飛び込んでくる
 「おいおい 勘違いしてないか」と言う部分が 即座に 「違和感」として 目に かかってくる
 図面を CADで 書いていて 「ありゃ この窓 何ミリかずれてないか」と思えば
 2.5ミリずれていたり

 棟梁三人衆から 「親方は『間違い探しの達人じゃ』」と 言われるが
 別に 間違いを探そうと思って 現場に 入っている訳ではなくて
 「違和感」として 感じてしまう能力が 備わって来たからだと この頃思うように なって来た
 もう子供の時から 現場に携わって来たので 「40年近くの現場の経験値」が ある訳で
 それも 必ず 「責任者としての『自分の立場』」から 建築を見ているので
 「完成形」が 脳裏に有り その「完成形と違った光景」を 見る事で 違和感として
 感じる能力が 育って来たのだと 感じるようになってきた

 なんで 実際に造っている「大工」や「電気屋」や「水道屋」や
 その他もろもろの職方が気付かない事を 気付くのは
 「親方業」の 能力なのかも しれない
 皆が 「手に職」を 持っている中
 わしは 各々の「職」には 歯がたたないが 「気付く」事には 長けていて
 それが「親方業」と言う物か と 自分自身 気付く
 現場に 入り浸り まだまだ この能力に 磨きを かけたい
 どうやって やるのかは よ~分からんが
 これも 「一つの能力だ」と 判明したので その視点から物を見て行けば 良い気がする

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 「合想の家」6/3棟上げ
 現在の所 この家を 「一番知っている」のは 自分自身で
 棟上げから三日間は 一番現場を分かっている「現場作業員」として 汗を流す

 毎回の事だが 「上棟」は 一番神経を使う
 骨組みが そのまま形になり 構造が そのまま空間になる
 そんな「家造り」を 生業にし そんな「家造り」が 自分自身好きなので
 緊張もするし 神経も使うが
 上棟まで こぎつければ わしの仕事の 半分は終わった事になる

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 最近 愛妻「一美」を タップ教室に 引き入れる事に 成功し
 土曜の夜は わし・一美・一華で 教室に 通う様に なった
 もちろん タップに関しては わしの方が 一美よりも 格段上級者なので
 子供じみているが 「えっへん おっほん」の
 気分に なれるので 心地良い
 心地良いので また 練習にも 身が入る
 何年か後に 家族で どこぞで ダンスを披露出来ると良いなあ~

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 写真は 今度 上棟の「合想の家」 32坪の空間に 夢・想いを 詰め込んで行く



 
 

親方の独り言

2015年 04月 09日 (木)

 先日 「巣籠もりの家」の 完成引渡しを 終了した
 既存不適格の 超煩雑な 事務手続き・申請書類を 乗り越え
なんとか かんとか 着工に こじつけ 引渡し期日に かろうじて間に合った
 元を ただせば 施主のTさんの家を 先代(内田修二)が 昭和55年に 建てさせて貰い
先代が 58歳で亡くなり その後 7年目に わしが 内田工務店を再開した時に
年賀状を Tさんに出したのだが 返信に「リフォームを お願いします」と あり
確かに わしは先代の息子では あるが Tさんに とっては どこの馬の骨とも 分からぬはずなのに
Tさんは 「内田さんの息子なら 間違った事を するはずが無い」と 大胆にも 言って下さり
わしが 独立して初めてのリフォーム工事は Tさんの御宅と なった
 「家業とは 地縁を繋ぐ物だ」 とは思っていたが
わしの独立早々に 仕事を任せて頂いた事に 今でも感謝している
わしの場合は 「内田工務店を継いだ」と言っても 先代の修二と 実際に現場に居たのは一年に満たない
 名古屋大学大学院を 卒業した後 内田工務店に入った物の すぐにAKI設計に 丁稚奉公に出され
4年勤めて ほぼ現場を任される所まで こぎつけたので 修行も終わりで
工務店に戻ろう と 思った矢先に 先代が亡くなってしまい
 この状態では 設計は そこそこ出来ても 施工が 全く出来んぞ 困ったぞ と 思っていた所
H工務店の社長が スカウトしてくれて
H工務店は わしの居た当時は 山口県でも5本指に入る住宅会社で
「本物の木の家造り」に 秀でた物があり
「健康住宅」も「高気密高断熱」も「金物工法」も 住宅業界の最先端を 突っ走っていて
そんな住宅会社に いきなり「設計課長」として 弱冠30才の若造(=わし)を 社長は抜擢してくれて
 ドイツに行ったり 東京出張は毎月の様にあり 九州山口匠の会の会議もあり 中国5社会議もあり
それとは別に 工法・断熱会議もあり
学ぶ事・知り合う人は 日本のトップレベルの知識や人で
そんな中に H工務店の代表として出席させて貰った事は
わしの人生の中で一番の「学びの場」だった
 もちろん 会議・研修会とは別に 通常の 御施主さんとの打合せ・見積り折衝・プランニングもあって
毎日が 充実していて
「はあ もう 内田工務店の再開は諦めてH工務店に骨を埋めようか」と思っていた
が やはり わしは 我儘なので 「自分の思う家・思う生活環境」が H工務店では実現しないと
分かった時点で 独立・再開の道を 選んだ
 前置きが 長くなったが そうやって再開した内田工務店の
第一号のリフォームの お客さんがTさんで その後 何年もやっていると
「修ちゃん(←先代)の 息子さんなら 間違い無いから 仕事を任せる」と 言ってくれる人など
実は 一組も存在せず
 実際に 先代と共に仕事をして 御施主さんと「顔なじみ」に なっている期間が絶無だった わしには
そんな 「親の威光」は 全く無い事が 3~4年経って初めて判明し
なおさら Tさんの 言葉・行動には 感謝しても 感謝しきれない思いがある
 今回 そのTさんの娘さんの家を 請け負わせて頂く事になり
わしは Tさんに感謝しても 感謝しきれない
そんな 状況の中 「小鳥と暮す(←部屋で放し飼い)」と言う お題を 頂き
自分の 持てる力は 全て出し切った感が有る
 先日 引渡し後に お邪魔すると なんとまあ 本当にインコが 楽しそうに 飛び交っており
こりゃあ 異次元空間じゃなあ~ と 我ながら感心した
 掘りコタツ有り パソコンコーナー有り 書籍コーナー有り ニッチあり 露出階段あり
20坪に満たない空間に 思いのたけを ぶち込んだ
また 一つ 内田工務店の かけがえの無い作品が 完成した
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 先代とわしは クロスして 仕事はしていないけれど
わしは 間違いなく 内田修二の息子であり 「彼の人となり」を 一番間近で見て来た人間で
わしの 考え方の半分以上は 内田修二と同一だと 自分自身自覚しており
先代が 思っていた「自分と廻りの関り方」を わしは 踏襲している
 工法や材料や道具が 先代の時とは 様変わりしているので
建てている家の 性能や快適性は 全く違うのだけれども 根底に流れる「想い」は 変化していない
わしは 先代を継いでいるつもりで 子供の頃から見て来た「御施主さんと工務店の関係」を
続けているつもりで わしの やりかたは間違っているのかも知れんが
これが内田工務店なのだと 思う
 なんとも 奇跡的に Tさんについては 今度は息子さんが 帰ってこられて
水周りのリフォームを 依頼して貰っている
ここまで 深く Tさん家族と 縁するとは 思ってもみなかった
 これが「家業」の 姿だと 思っている